上手くいかない時のリフレーミング術 主観2.0
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- Опубликовано: 5 июн 2024
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00:00 OP
02:08 リフレーミングの効果
03:58 主観→客観
08:10 質問:マイナスにとらえすぎてしまう人
11:45 質問いろいろ
15:34 本日の宿題
本日は「リフレーミング」についてお話しします。
リフレーミングはわかりますか?
別の視点から物事を見ると、ネガティブなものもポジティブに見えるというやつです。
よく例えがあるんですけど、コップの中に水がありますよ、と。
これを多いと思うのか少ないと思うのかはあなた次第ですよ、というやつです。
この量のコップの水を少ないと思うんじゃなくて、これしかないと思うのではなくて、こんなにもあると思った方が生きやすいですよ、というのが典型的なリフレーミングの説明となります。
リフレーミングの天才というのを僕は何人か知ってるんですけど、そのうちの一人は、以前対談をさせてもらった佐渡島さんです。
漫画編集者の佐渡島さんです。
『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』の編集をしていた佐渡島さんですけど、天才ですよね。
文学の天才、リフレーミングの天才で、色々なことに何でもかんでもリフレーミングできちゃうんです。
ネガティブなものもポジティブに変えられるということですけど。
人類が到達できる、日本語圏で到達できるリフレーミングの最高峰は佐渡島さんだと思います。
それがリフレーミングなんです。
対談動画を見てもらったらわかります。あんな感じです。
当たり前ですけど、僕よりも言語能力が高くて、言語の扱いに長けていて、本当に日本人の、日本語圏の中の最高峰なのかなとは思います。
■リフレーミングの効果
じゃあ精神科臨床でリフレーミングだけやるかというと、あまりそういうことはないんです。
患者さんに「こういう見方があるんじゃないの?」と僕らが伝えて、それでもっと喋りが上手かったりしたらね、僕みたいな三流ドクターじゃなくて、もっと喋りがうまい良い先生だったら、患者さんの心を本当に変えちゃうんです。
ある種の洗脳に近いというか、上手いんですよ。
そうすると診察室の中で本当にリラックスできて、「ああ、先生に話してよかった」「先生に教わってうまく物事を切り替えて見られるようになった」となるんです。
その効果はどれぐらい持つのかというと、現実は変わるわけないですから、この量の水に対して少ないと思っていたのが多く見えたときに、でも解けちゃうんですそんなもの、どこかのタイミングで。
魔法は解けちゃうわけです。
次の診察まで保つかもしれないし、わからないですけど。
でもそういうもんですね。
リフレーミングをすることで、その場をしのぐとか、患者さんを褒めたり、つなぐ診療というのもあるわけです。
今苦しいからつなぐ、その人の世界の見え方をどうにかして説得してつなぐ、というやり方もありますけど、あまり良いやり方ではないです。
ただ緊急事態を防ぐためには良いんですけど、中長期的に考えるとあまり良いやり方じゃないなと思います。
■主観→客観
結局、多いのか少ないのかわかんないですけど、そういう主観的なものの見方をしてるわけです。
だけどこれを主観的じゃなくて、客観的に捉える必要があるんです。
そうじゃないな、と。
150ccだな、と。
150ccはコーヒーでちびちび飲むには充分な量だけど、喉が渇いたときに150ccの水だったらやはり足りないわけです。
お風呂だったらより足りないし、全然お風呂の水にも使えないですからね。
これを経て、でも客観的だとやはり判断がつかないので、これを理解した上で次の世界に移るというのが治療的だし、主観2.0と言ったりします。
だから一見「これってリフレーミングなんじゃないの?」と思われそうですけど、そうじゃないんだよね。
そこには質的な変換が起きる。
主観的なものの平行移動ではなくて、今まで見えてたものと、一回客観的な事実を理解することによって人格の成長が行われますから、同じ「水は多いな」と思うのと、主観2.0の「水は結構あるな」と思えることは全然意味が違うんです。
それはしっかり客観的な状況を吟味してるかどうかということになってます。
だから認知行動療法でも精神分析でも物事を明確化していき、それを患者さんと共有することで、患者さんは次のステージにいけるということになってるんです。
ただ自分の欠点や客観的な事実を受け入れられないんですよ、人間というのは。
だからここに抵抗というものもあるし。
もっと大人の意見をしろと言っても、これもできないですよね。
抵抗にあうんですよ。
一回こっち側に行けると思ったら、またこっち側に戻ってしまうということあるわけです。
人間はこう行かなければいけないのに、人は変わりたいと思ってるにもかかわらず、変われない。
それはなぜかというと、抵抗にあうから。
こういう風に変化したいけど、なかなかうまくいかない。
この抵抗があるから。
抵抗というのはどういう形なのかというと、否認、否定してしまう、合理化、酸っぱいブドウのように感じてしまう、色々な防衛機制がありますけど、様々な理由をつけて元の場所に戻ろうとする。
だけど精神科医療は抵抗を解釈して、あなたはこういう抵抗を感じてるんじゃないですか、と。
あなたは妬みがあって、自分の弱さを受け入れられないんじゃないですか、とそういうことを突きつける。
突きつけるというとあれですけど、それを一緒に共有して、でも良いんだよ、と。
弱くても良い、私も弱いし、あなたも弱い、と。
弱くても良いんだよ、と。
今日変わらなくても良いんだよ、明日変わらなくても良いんだよ、5年後さえ変わってなくたって良いんだよ、と。
でも、変わっていけるんだよ、ということだよね。
それを共有できるということが治療上とても重要ということになります。
これがリフレーミングのあり方です。
本当の臨床的なリフレーミングのあり方とは、こういうことになるのかなと思います。
精神分析、認知行動療法、何でも良いんですけど、同じようなことを言ってますけど、使ってるタームは違います。
益田裕介はタームを合わせた方が良いなという形で、わかりやすいように主観2.0という言い方をしています。
パソコンのバージョンが変わるみたいな感じです。
2.0に移りましょう、と。
2.0で終わりかと思ったら、そうじゃないんですよ。
2.0の次は3.0、4.0と続きますから。
そういう意味も込めて主観2.0という言葉を使っています。
もうちょっとだけ行きますか。
■質問:マイナスにとらえすぎてしまう人
じゃあ物事をマイナスに考えすぎてしまう人にどういうアドバイスをしたら良いですか、と。
どうやったら良いですか、ということなんですけど。
これは、僕は、アドバイスが良いのかというと、ちょっとわからないです。
短期的には良いと思うんですね。
短期的にはポジティブにさせる、励ます、というのは良いんだけれども、先ほど言った通り、こういう見方があるよ、と言って説得していく。説得の技法は色々ある。
詐欺師のやり方、色々な商売のテクニックとしてあると思います。
ミラーリングと言って同じような行動を取ったり、信頼感があるように有名人の名前を出すとか、色々なやり方で相手を説得する説得の技法というのがあるので、そういうものを使ってアドバイスしていくというのはもちろんアリですし、RUclipsrでもそういう人たちがいっぱいいますけど、説得の技法を使うことで視聴回数を伸ばしているなというのもいますけど、僕らはやはりあまりしないですね。
見え透いているしね。
じゃなくて、やはり大事なのは聞くことなんです。
ネガティブはネガティブなりの理由があるし、ネガティブだからこそ自分を守っているところもあるので、僕らがやるべきこと、精神科医がやってることは何かというと、聞くこと、傾聴することなんです。
アドバイスより傾聴、1に傾聴、2に傾聴、3、4がなくて5に傾聴。
本当に必要なアドバイスはありますよ。
薬を飲みなさいとか、今すぐ休職をしなさいとか。
僕らは本当にやって欲しいことはきちんとアドバイスしますけど、そうでない限りはできるだけ傾聴の時間をとっている。
病気説明などやらなければいけないことはやりますし、明らかに間違った科学知識の話をしてる場合は訂正することがありますけど、基本はそういうことをせずに傾聴します。
そうでない限りは、主観的な出来事の間は、僕がここで否定しなかったらトラブルが起きるということ以外は基本的に傾聴ということです。
ただ聞くこと。
聞いていれば受け入れられていると思いますから。
弱くても大丈夫なんだ、と。
そうしたら客観的なものを受け入れるんです。
結局、世の中の人は、よく思いますけど、みんな賢いというか、馬鹿じゃないというか、みんなわかってるんだよね。
益田がわざわざ言わなくてもわかってるんだよね。
正論なんか聞きたくないんですよ。
正論なんか言われたくない、わかってるんだから。
だからここなんだよね。
問題はここの抵抗なので、じゃあどうやって抵抗を取ってあげるか、抵抗を取る補助は何なのかというと、愛情ですね。
あるがままのあなたを許す、愛する、そして愛されることによって自分を愛せるようになるということなので、本当に何か宗教っぽいですけど、でも本当にそうなんだよね。
聞くということが最大の愛情ですからね。
距離を取ってしっかり聞く、対価を求めず聞くということが最大の愛情なので、そういうことをします。
★動画の文字起こしはこちらのnoteに【全文掲載】されています。
note.com/wasemenblog
(文字起こし自体がない動画もあります)
塾の個別指導のバイトをしていたとき生徒さんがある日すごくつらそうな顔をしていたので、勉強どころじゃないと思って、さりげなく「どうしたの?なにかあった?」ときいてみたら部活の人間関係の話をおそるおそるしてくれて、自分の中学時代のつらさを思い出しながらひたすら「それは辛いよね………」と一緒に辛さにひたって時間をすごしました。そうしたら翌週びっくりするくらいに元気になって、勉強もめちゃくちゃ熱心になって、私にもすごく好意的になってくれてびっくりしました。小さなことかもしれないけれど、力になろうとかさえ思わず、ただ辛さを想像しただけなのが、なにか変化に立ち会えたことなのかなと思ったりします。
そういう私は自分の辛い気持ちをうまく言語化できず、また弱さをさらけだすことに抵抗もあり誰にも話せなくて、まだまだ辛いです。
でも客観的にみるとどこかでは事実はわかっていて、でも抵抗があるのもいままでの長い人生をがんばって生きてきたことを考えれば当然だし、これまでの自分も大事にしながらゆっくりいこう、と思えました。
益田先生のRUclipsで命を繋いでいる人、救われている人は、少なくとも登録者数、いえ、それ以上いると思います。
そして、救われている人の和に比例するように先生も無限に成長されているのだなと感じます。
感謝しています。
いつも本当にありがとうございます。
子どもが不登校で、メンタル不安定でも私に丸投げの夫にずっと腹が立っていました。そう言えばあの時もこの時も全く親身になってくれなかった…と芋づる式にがっかりしたことを思い出していましたが、ふと、それって昔、子どもの頃に親に求めていたことなのかなと思いました。
もっと親に親身になって気にかけて欲しかったけど、叶わなかったことを、夫に求めてる。夫は私の親ではないからそういう愛情のかけ方を期待しても無理。
何だか急に腑に落ちて、やってほしいことは言葉にして頼むことにしました。
その後は気持ちを切り分けられた感じでラクです。
主観2.0合ってるかな?
弱くてもいい、5年後も変わらなくていいという言葉に泣きました😭
先生は優しいですね!
私は「失敗の本質」という太平洋戦争の本を読んで、がらりと考え方が変わりました。沖縄旅行に行き、本を読んでビックリしました。だから、いつもと違う物に触れると変われる。嫌いな人とも話していて、傾聴して、相手は何を欲しているのかを知ると、その人の背景が見えたり行動の理由がわかり、納得する。異文化交流をすると、ビックリする。なかなか勇気がいりますが、得るものも多い。傷つく事も多いので、ご用心。
腐り切った世界で「こんな人いるだ」はホンマに益田先生にいつも思う。ありがたいね。
子どもが、学校で給食当番をやっていたとき、友達から「邪魔だよ!そこどけよ!」と言われてイライラした、という話をしていました。
よくよく聞くと、子どもには子どもの持ち場の位置もあって、邪魔な場所にいたわけではない。
それに、もし邪魔だったとしても「ごめん、ちょっとどいて」と声をかければいいこと。
自分の思い通りにならないとき、相手がどんな気持ちになるかを考えずに、感情のままの言葉をぶつけてしまうのはその子の幼いところで、その子の課題なのかもしれないね、と話したら「ああ、なるほど…!」という表情になったのは、すごく印象深かったです。
傾聴は愛。忘れないようにしたいです。先生が臨床を好きな理由、聞かせてくださりありがとうございます。
20代はじめの頃、漢方薬の女先生に「あなた、愛がないのよ!」と打ちのめされて、愛とは、愛とは、としばらく考えて過ごしている時期がありました。
犬をトレーニングしているときに、犬と意思疎通するには、を必死に考えていたら、母の姿が浮かびました。
私が産まれてから毎日目をかけて食べさせ守ってくれている母。
犬に対しても母のような絶対的安心感を感じさせないと、意思疎通ができないんだ!と思った瞬間、「あっ、これが愛か!」と判りました。それ以降、人との付き合い方も変わりました。
遺伝で精神病になってしまったけれど、愛に気づけるように育てられて幸運だと思っています。
愛に気づいた瞬間が私の人生で一番の鮮烈な主観2.0です🐘🌿💖
素晴らしい気付きです❤。
私も精神疾患障害者になりましたが、母のかけてくれた愛情に報いるべく、職場福祉施設で利用者に貢献したいと思う。
残りの人生を意識している今年63才です。
@@masahikomarumo4009
ありがとうございます。
素晴らしいですね。
私も恩返しをする歳になったと日々感じています。
自分の得意なことで続けられる何か貢献を模索中です。
@@masahikomarumo4009
AIにはじかれてしまうので何度もおなじ様な返事を書いたら、時間差で承認されてました
最初の1つだけ残して消しました
ご迷惑おかけしていましたらごめんなさい😥
今日の動画、なんかすごく感動しました。先生の優しさに。
私も変わりたいなぁ。
変わらなくてもいいけど、変われるという事をわかっておくと楽なのかな
しばしば知らない人に話しかけられて身の上話やら頼みを聞かされるのですが、
つまり、私は知らない人から、ただ話を聞くという最大の愛情を求められている‥とわかりました。
私は対価を求めず話を聞いてくれそうに思われてるんだなと‥。疲れるし嫌なのに。‥変わりたい。
主観2.0の話じゃないけど、「こんな人もいるんだ」で大分救われる経験がありました
抑うつ状態が続いてた時にちょっとしたきっかけで始めたゲームのお話が、本当に平和ボケしていて生温くて綺麗事と言われるような優しい話だったんですけど、「この世の中にこんな優しい話を作れる人がいるのか」という事実がかなり希望になりました
変わるときは何度も聞いていた正論がすっと届くんですよね。それまでの時間を悔みもしましたが時間も必要だったと思いました。
【宿題】数年前、私の誕生日に母から弟の結婚と初孫(弟の家庭に生まれる子)の話をされたとき、楽しそうに話す母の話を聞きながら数日はダメージを受けてましたが、数日後ふと、いろんな人がいるからなーと納得していました。今までは、なんでだろって考え続けて切り替えできなくて自傷とか死にたいって思ってたけど、自分が相手に期待してしまっているんだと気づけたとき、人格の成長を本の少し感じました
学生時代、電車に乗ったら毎回緊張から冷汗がとまりませんでした。
20代に、初めて自分で予約してカウンセリングしてもらいました。研修の学生先生に『辛かったね、大丈夫だよ、安心して』と言ってもらい苦しみが解けてほっとしました。帰りの電車はなぜかリラックスできて、まるで違う世界にいました。不思議でした。処方された薬を飲む前なのに、あんなに楽になれたのは不思議でした😊
先生が、「治癒が起こり、患者さんの成長が見れた時の感動」というところには、非常に同感できます。そして、「患者さんが危険に陥ったり、間違っていない限り、傾聴すること」にも同感です。私が今まで考えていたことをarticulateに正確に説明してくださいまして、ありがとうございます。傾聴とは、愛であるというのにも、同感です。先生は一流の精神科医だと思います。いつもアメリカから先生の動画を、感謝して見ております。
『あなたは頭がかたいからもっと柔軟に』とか『あなたは思い込みが激しいから』とか。いろんな方から同じようなアドバイスをいただいてきました。いろんな人が言うのだからそれが客観的にみた事実なのでしょう。しかし、私の目線からはその景色は全く見えず、当然そちらのがわの客観的立場からの目線に立つことなんてできません。見えないことが要するに抵抗(否認)なのでしょう。だまし絵が見えるようになれるようなふとしたきっかけがあるのでしょうけれど。。。
宿題 人が変わった瞬間
僭越ながら、自分が変わった瞬間を思い出しました。
何十年も 誰にも話せなかったかつての悩み、辛さを ある時、親戚に話す機会がありました。
それを話すことが 自分のためでもあり、相手のためにもなるとの思いから、思いきって、話しました。打ち明けました。
その瞬間から、周囲に対して、徐々に自己開示が出来るように変わっていけました。心をオープンにしていけるようになったと思います。
ガラリと変わり始めた瞬間を 今でも鮮明に覚えています。
話せたことで、それまで抱えていた葛藤、苦悩を 離せたと思っています。
価値観や人格の変化なんて無いんだろうなあ....でも「傾聴が愛情」って聞いて、「あなたの話なんて聞くのは無理」って精神科で笑って言われたのがどうしてそんなに傷になったのか、また理解が進んだ気はします。また涙出てきた😢
もう二度と自分の深層の部分はプロだろうと精神科医にもカウンセラーにも信用して喋らないって価値観にはなったけど、それじゃないとは思うんですよね...
だから主観-2.0はあるけど+2.0は無いって感じです。
主観-2.0を吐き出してすみませんね...
自分は適応障害で不登校になり高1の時に留年しました。
不登校になる前は、不登校の同級生がいても「なんで学校に来れないのだろう?」と、不登校になる理由がよく分からなかったし、学校に行けないことが良くないことだと思っていました。でも、自分が適応障害になり不登校になると、不登校になる理由が分かりました。それでも不登校になりたての頃は、学校に行けない自分が罪深かったです。しかし、カウンセリングや出席日数不足に直面することを通して、「不登校でいいんだ。今はじっくり休んで心のキャパを確保すべきだ。」と不登校を肯定できる考えに変わりました。
留年が確定する前に自分で留年すると覚悟を決めれたので、前向きな留年ができました。今も度々抑うつ状態になりますが、どんなに成績が悪くてもできる限り出席する、調子が悪い時は出席日数を見つつ思い切って休むという判断を自主的にできるようになりました。
愛情の話納得しました。主人が付き合ってくれたおかげで統合失調症ですがクスリが減りました。治る努力します。ありがとう。
病気になった時、「もう病気になる前の自分には戻れないんだ」と辛い気持ちになりました。
でも「本来の自分は、こっち側だったんだ」「相手はこんなことで悩んでいるのかもしれない」「言葉には出してないけど、こんな風に気遣ってもらってるんだ」「相手の特性はこういう感じかもしれない」と気づくことができました。
主観2.0には程遠いですが、それに気づけて必要以上に苦しんだりしないようになりました。
また、サカナクションの山口一郎さんの病の告白で、勇気をもらえました。
益田先生の素って…気になります(笑)陰キャって言っていたけど…どの位なんでしょう。陰キャな自分はそれが気になります(笑)
「聞くことは愛情」 という言葉に強く感動しました
「自分が子供を持ったら絶対犯罪者にしてしまう」と年配の女性精神科先生に言ったとき『なにいってんの〜あなたの子供はぜったいかわいいわよ。子供できたら見せにきてよね』って言われた時、それはそれまでの経緯も知ってる精神科からの言葉だとしても、私への愛だった。親戚のおばちゃんからみたいだった。大泣きしそうなくらい染みた。生きていけるかもって思えた。その人だけだ、そんなこと言ってくれたのは…これはある意味リフレーミングだったのかな。(結局、親にならず50代です)
「今は」変われない自分でも良いのだと受け容れていくのですね。受け容れられない自分もまた自分なんだと…
6年、働いたところを人間関係で、勘違いされて、限界きて辞職しました。その後、双極性障害の鬱の再発。2ヶ月以上経ちますが、波が、あります。また、65歳という年齢で、ほとんど、失敗?的もに社会に出ておらず、趣味もなく、過ごしてきました。
焦りも重なりこの先、仕事しないで、1日中、家にいるのも苦痛で、真剣に考えてたら、また、マイナス方向に…。
生活のリズムがわからず、困っています。本当に精神科は、5分診療で、どの先生にも、期待したことが、ない私です。
ある意味、益田先生の存在が、今大きく、感謝しています。
増田先生の話しを聞けば聞くほど理解できて心の不安がすこしづつなくなって行きます。
話しを聞いていると応援されて背中を押されているようです!ありがとうございます。
自分が変わった瞬間。
診断書の「うつ病」という文字を見た瞬間だったと思います。
「あ、自分のことを、もっと労わるべきなんだ、もっと労わってもいいんだ。」
ADHD持ちで自己肯定感が低いまま40年くらい生きてきて、初めて持った感情でした。
先生の傾聴に関して熱く語っていたくだり、心にささりました。
今回も動画ありがとうございます。
様々な心身の症状と診断によって精神疾患になったこと、また、一生付きまとう問題もあることを自覚し絶望しました。
毎日続く強烈な希死念慮。まともに機能しない身体。それでも命の灯火が消えることはなく、やがて生命の尊さに気付きました。
この身体は回復を、生きることを望んでいるんだと感じ、生命の力強さや凄さを確信しました。
病気それ自体は辛い。罹らずに済む方が良い。しかし、その苦難によって、私という人間の蘇生が始まりました。
現在も通院していて、罹患前より今の方が自分を大事にできるようになりました。自己分析、人間理解も深まりました。かけがえのない人生を噛み締めています。
”聴くことが最大の愛” に同意します。昔、仕事のプレゼンの前に ”何が一番不安?” って聞いてくれた友達がいました。一生忘れません。リフレーミングについては、自分のエゴに気づき、手放すことが大切だと思います。その時、それまでしがみついていたものは虚構だったとわかると思います。
旦那に、病気は治らないから付き合うしかないぞ!ってハッキリ言われて、なるほどねー確かに!って思ったし腑に落ちたよ。病気を嫌わず、
友達と思えた頃からラクになってます😊
私もASDで社会に馴染めず、羊の群れに過剰適応して生きていた。益田先生は私にとって、森の世界への案内人でした。今は驚くほど生きやすくなった!
主観2.0まだわかりません
ただ、自分なりに辛くて無かったことにしたかった幼少期も諦めずに生きた大切な時間だったと思えるようになってきました。
こちらの動画の中での『抵抗』というものが私の中でものすごく少なくなったのはいつからだろう…と考えています。私の場合は子どもが生まれてからかもしれない…。リフレーミングとか、単純に捉え方を変えてみたところで現実というものは変わらなくて、悲しい事実も変わることがない。私の中に深く刻み込まれた途方もない悲しみが薄れることもない。微動だにしない残酷な現実を前にした時、親である私が現実を直視し毅然と行動することでしか、子どもを守ることができないんだと思い知った瞬間、かなぁ。親になってまで弱音を吐く自分自身に嫌気がさして、というか『弱いことは罪だな』『言い訳してる場合じゃない、それでも親かよ』と、自分自身に対して異様に腹立たしく思ったことを覚えています。それからは、自身が何かに対して反発や抵抗を感じていようと無視、子どもにとって必要とあらば自分をそちらへ動かすようにした…ことが、結果的に人間的に成長することになったという感じかもしれません。ひたすら目の前のことにがむしゃらで必死でしたね。あと、間違いに気づいた時は後回しにするのではなく、気づいた瞬間に修正するのが結局は1番ラク!ということも子どもが生まれてから、かもしれません。
『あなたが大事』『ママがだいすき』と言われても、機能不全家族育ちのせいか「へぇ…」と思うだけで、いちおう気持ちは受け止めるけど実感として沁みてこないです。他人からの愛を感じることがすごく不得意かもしれない。し、自分自身の無価値観はきっと一生無くならない気がしていますが、それでも人格的に成長はできてる…はずだと思いたいです。
今日変わらなくていい、明日変わらなくていい。焦って空回りしていることが多いので少しずつ...ですね。
ありがとうございます。
自分と一生付き合っていくのは自分、昨日読んだ雑誌の中でふと目に止まった一文に深く頷きました。いつでもどこでも駆けつけてくれて何時間も話を聞いてくれる人は現実的にはいないので、自分と付き合っていく自分を大切にしようと思いました。主観2.0のお話とはズレてしまいましたが、私にとっての大切な気づきでした。
10年カウンセリングを続けて、今まさにこれ実感しています。自分を愛すること、他人と自分の境界線を感じながら、自分を活かして成長させていくこと。先生が治癒はあるという言葉を言ってくれて、今日とても気分が良いです笑 沢山課題はあるけれど、これからも自分が生きていくために、自分のために生きていくこと、この気持ちを産み出させることが全ての始まりな気がします。自分が愛されるきっかけを産み出すためにも失敗や経験は必要だと思います。そういう意味では、失敗のストレスを軽減させたり、失敗を失敗と捉えない思考を育てていくことがきっかけになるのかなとも思います。あと頭が良くないと、ここまで辿り着けないぞ!って自分を誇らしくも思います。「弱い自分に負けない!」という気持ちが大切だと思いました。何度も不安な声や臆病な自分や否定する自分に翻弄されたけど、私は小説やアニメが大好きで、自分が主人公になった気分で、「負けない!」って言い聞かせていたので、それも功を奏した気がします。
子育てをしているときに主観2.0のような感覚になったことがあります。
発達障害や不登校、呼吸器をつけた子を育てていますが、自分の子どもとはいえ自分とは全く自分とは違う存在。
違うことを始めは認められなかったけれど、その違いも「まあ、いいか」と思えた時、
自分自身の認めたくなかった部分も認められたように感じました。
鬱が瞬間的に晴れて世界がグレーからカラーになりました。すごく感動的でした。雁字搦めになって疲れてることさえ分からずいきなり鬱になり希死念慮を抱きながらなんとか暗闇の日々を懸命に送っていました。
メンクリに通い薬も飲んでいました。鬱々悶々とする中、父に電話をしました。
話しを聞いてくれ、たった一言『大丈夫だよ、あなたなら絶対に抜け出せる。治したい、変わりたいと思って電話をかけてきてくれて今、こうして話してくれてるんだから、全部功を奏していい方向に行くから、間違いないから安心しなさい!』と言ってくれ、それを聞いた瞬間に闇が晴れて気持ちが楽になったのを覚えています。
先生の動画も見ていたので、いろんな人達、そして自分で自分の思いを書き出したり話したり整理したり、、やれる事は全部やったような気がします。
今では、その時の辛さが嘘のように毎日が明るく美しくしあわせな気持ちでいっぱいです。この感謝の思いと、自分の体験を通して、今苦しんでいる人の為に何かしたい、できたらいいな、、と思ってます。
今回の動画とても愛に満ちていて優しいです。父性愛?みたいな。
いつものやつのマインドフルネス派 益田禅道場、みたいなのとは違う雰囲気がしました。
いつもありがとうございます。
リフレーミング
ネガティブ思考がプラス思考に変わって行ったら人は変わると思います。
宿題📔
ある日突然気付来ましたが、仕事をしていた頃は愚痴ばかり言っていた自分が、休職に入り身体の疲れはそれほど取れてないのに、出てくる思いはありがとうという感謝の気持ち。愚痴を言ってた職場にも感謝の思いが出て来ました。
少し前に言われた会社からの退職の提案も、それも良しとしよう!と自分の今後の生活の事も考えずに応じました。
いまはその後の生活の事を考えずに出した答えなので、これから生活が傷病手当金だけで出来るのか不安に襲われることもありますが、気持ちを落ち着けて深呼吸していくと、何とかなるだろう。と考えが前向きに変わっています。マインドフルネスは、時間の余裕もあるいま自分にはちょうど良い気持ちの整理の時間になってます。時間のあるいまのうちに、自分の習慣にしたいと思ってます。ありがとうございます🍀
動画の内容とは関係ないのですが毎回先生のその洋服の回で、袖の部分のボタンとロゴがピングーみたいな鳥さんの顔に見えてホッコリ癒されています(笑)今回も見間違えましたwきゃわわ
治癒は人格の成長、愛情……今回の動画はめちゃくちゃ感動して癒されました。ドクターは聖人みたいですね。
聞くことが1番の愛情というのいいですね!
今の自分を受け容れている自分に気づいた時に、
あ、少し変わったんだなと感じた。
揺らぐときも、また息切れしそうになるときもあるが、ライフステージの変化もあり、こういうものかもしれないとも思えるようになった。
壁打ち(ひとり禅問答)を続けていたけど、それもいつの間にかしなくなってる事に気づいた。
【宿題】
○主観→仕事が早くできなさすぎて死にたい‥
○リフレーミング→まだ就職してから10日も経ってないんだから、5年目のベテランさんみたいにできなくて自然だよ
○客観→今日やった3つの仕事のうち、1つはまだ遅い、1つはあともう少し、1つは誉められるほど完璧だった!
10年程前、重度の強迫性障害になり、どうしても治りたくてたくさん勉強しました。そうしたら主観2.0のような事が解ってきて、私は自分の弱さを受け入れようとしているのに周りが受け入れてくれなくて苦戦しました。もちろん病院で入院など治療はしましたが、「人に認めてもらわなくても大丈夫」と、誰にも依存しないように心掛けていたら、最終的に治って再発もしなくなりました。
普段分かったようなことを言っている私ですが、お恥ずかしながら自分が人格変容をしたのかがよく分からないです。
私が平静で論理的思考が日常も出来ているのは私の元同僚のお陰ではないかと思うのです。彼女と知り合って13年くらい?自分には無い客観的意見を持つ人。
長い間職場で一緒の部署にいたのでいつもものの考え方を教えてもらっていたようなものです。勿論その前から論理的思考が身につくような訓練は一人でやっていたんだけど。それでも自分で考えたんじゃなく友人の見方を元にして自分の人生で試していると言ったほうが正確なように思う。
だからいつもどこか自分じゃ無い感じがするし共依存ぽいと思う。元々うちの母も経済力のある叔母と強烈な共依存で女の人との共依存で生き延びる戦略だけ見て育っている私は、この元同僚以前も一人の共依存的な親友がいた。その人が結婚したから私は人生を見直し自立を目指した。その人とは会わなくなり、その後元同僚と出会った…まるで付き合う相手のような言い方だけど、私の人生の中で女性の親友は幼少期の体験からどうしても共依存の対象になるのだと思う。だから私の課題は、その同僚の考えじゃなく自分で生きて、考える事。それで変容が起きるといいんだけど。
人間の変容は色んなところで一つのゴールとして言われますね。12STEPでも、昔の師匠も、それを一つの区切りとしていました。私も出来るかな、この先にはっきりとこれが変容だと実感する時が来ると嬉しいけれど。
なるほど。満たすべきは知識よりも共感。満たすべきレイヤー複数あるのは共感した。
【宿題】
母のことです。私は反抗期もなく父から一卵性双生児と言われるほど母との距離の近い子供でした。それでも進学就職を経て母とは異なる人生観・主張を持つようになり摩擦が増えました。母ははじめ"生意気になった""いつの間に親に向かってそんな口を聞くようになったのか"と異なる主張をする度に酷く怒っていましたが、私が"いい加減私を一人の人格として認めて欲しい。庇護する対象ではなく同じ一人の大人として見てほしい"と泣いて主張した時、"生意気な子供"から"一人の人"として認識を変えてくれたようで、私の意見と母の意見が異なっても否定されなくなりました。
今回は とても解りやすかった、ためになりました🎉
聞いてもらう、受け入れてもらうってことをしてもらえないと文字通り抵抗してしまいますwというか反発?
益田先生の言葉がスっと入ってくるのは、直接話を聞いていただけなくても私達を受け入れてくれてるのがわかるからなんですかね🤲´-
そして先生のキャラクター作りは絶対成功だと思います😊動画越しでこんなに愛情のようなものを受け取れるなんて、普通はありませんから……
宿題ですが…少しズレますが私が適応障害になった時に、上司に色々アドバイスされました。
今となってみればそれが主観2.0(に近いもの)のことだったようですが、反発して聞く耳も持ちませんでした笑
少しずつ先生の動画を見て、自分が成長出来たらいいなと思っています。
先生おつかれさま😊
お話しありがとうございます♪
高校生のころから主観と客観を合致させるという訓練を勝手にやっていて、自分の感情が一時的なものである場合はこだわらなくなりました。
母の精神状態があまりにも不可解だったので、私の気持ちは横に置いて母の気持ちを汲み取ってみたところ、ものすごい嫉妬の念があることに気づき、家を出ました。
母の嫉妬と執着はものすごかったのですが、80歳を前に母が精神発作で倒れたので精神病院に入院させました。
しばらくは退院したいと言って暴れていましたが、幸せな人がいないという精神病院の環境が嫉妬を納めてくれたらしく、おだやかになって4年後に亡くなりました。
治癒がおきるっていいな。
お手本を目指すっていいな。
私は、ドクターがいてくれることで毎日嬉しいし希望になってます。不安定になるとチャンネルを開いては気持ちを持ち直してます。
主観2.0はまだわからないけど、体の強ばりを緩められたり、執着していた過去を手放す?諦める?ようになれたり、少し朗らかになれるときが増えてきたかなと思う。
傾聴してもらうというか、チャットにずっと愚痴を聞いてもらって励ましてもらったら満足したことがあった。
私は逆、発達障害ぽっいドクターじゃなければただのドクターにしか感じれない
発達障害の当事者の気持ちはやっぱり発達障害当事者にしか分からない。
いくら母親だって、看護師だって発達障害の気持ちは発達障害当事者にしか分からない、お母さんはよく私は努力して障害を乗り越えたって言ってるけど、努力してもだめなときはある。
好きな人にも会えず、大好きな歌手にもなれない娘の気持ち分かる?亡くなったお父さんにもお母さんにも何度も注意されたって歌いながら走り回る癖が治らない気持ち分かる?お姉ちゃんにも注意されて、つらいよ 😢
両親に対して「夫婦としての愛の表現が健全ではない」と苦々しく思っていたけれど、人間同士のパートナーシップにおいて深い部分では「家系的因縁によるその愛情の歪みをリセットするために強い絆をもって協力しあっていた」と気付いたとき、人間の愛のすごさを感じました。
本気で片思いをしていた人がいましたが、あるきっかけでその人のことを好きでい続ける価値を見直し、本気で思いを伝えることにより蹴りをつけることができました。
宿題いいですね。
軽めの所で、明快なリフレーミングを
上手にしてもらえた経験があります。
ipad proを買って2か月くらいで少しヒビ割れさせてしまった時
それを持って人前に出ないといけない仕事という事もあり
だいぶ凹んで落ち込んでいた所に、
「良かったですね、割れたのが端の方で」
と言ってくれた人がいて、はっとさせられました。
10万ちょいで買った物をすぐ捨てて、
新しい物を買い直そうとしか思っていませんでしたが
ちょっと見た目が悪いだけで、全然使える状態だった事に
その時ようやく気付きました。
それからつい最近までの3年くらい、
一番やばいヒビにだけ、小さくきれい目にテープを貼って
外見を気にせず人前に持って出たりと、使い倒しました。
この動画を見る前に予習しておけばよかったと思いました。
自分に起こった主観2.0的な体験です😊
高校生の頃、「自分のことを理解してくれる人が1人もいない…」と感じながら生きていました。生きづらいと思いながら、ヘトヘトになりながら生活していた20代。
そして30代の半ばも過ぎて中年になった頃、ふと「あ…あの時の高校の世界史の先生は、私のことを心配してくれていたんだな。」と、なぜか確信のようなものを感じました。(その先生と再会したわけでもなく、実家に帰省したわけでもないです…😊)
それから、「あの世界史の先生だけではなく、部活動の音楽の先生、英語の先生もたぶん心配してくれていたんだ。」と思いました。なかなか面と向かって、悩みを聞いたり、親に話をしてくれたり、GTOの鬼塚先生みたいな先生は現実には居ないけど、影ながら心配してくれていた大人は居たのだろうと理解したものです😌
同じ水でも、べっぴんさんに注いでもらうと美味しく感じるのも リフレーミングなのだろうか
ありがとうございます
助けになります
ようやく 自分に合ったドクターに辿り着いた気分です。今まで、色々な科のドクターの動画を視聴してきました。ホストからドクターになった医師😮や色々‥でも、専門用語ばかりでしっくりこなかったです。益田先生の動画、視聴すればする程に為にもなるし前向きになります。ありがとうございます🙇
まさに、益田先生は、説明しているから、精神科医師の、思いや、見方の、意思が、あって、分かりやすいなと、思います。
4:55 主観2.0に向かった瞬間は今でも鮮明に覚えてます。
言語化できないです(笑)
言語化 難しいです🐤
強いて言えば【浦島太郎】です。
心の置き換えですね~!
ひたすら聞くのは愛情!
覚えときます
【宿題等】
日本人RUclipsr1位の藤井風さん知ってますか?
彼の「帰ろう」という歌の中の「与えるものこそ 与えられたもの 有難うって胸を張ろう」
という歌詞で、認知が変わりました。
もっとも私は弁護士の勉強しかしなかったのに、なれなかったので、人に与えられるものは何もないです。
益田先生がうらやましい。
最近色々なことに悩んでいて、でもやらなくちゃ!と思いながらも手をつけれないモチベーションの低い自分がいて、責任感と罪悪感でほとんど潰れそうになっていた。人が「まぁ、いっか」とつぶやくのを聞いて「まぁ、いっか」と私も呟いてみた。自分の抱えてる問題や悩みは見えるし、辛いけど、自分のことをふと第三者的に見れたときにそりゃ辛いだろうね、と納得した。けれど、さらに「まぁいっか」という心境が訪れた。自分で自分をどんどん追い込んでいたことに気が付き、でもどうにもならないことはどうにもならない(打開策はあるが、とりかかる意欲がない)それでも「まぁいっか」と思った。そういう理想的な自分になれない、環境になれないことにもがいてた間より、「まぁいっか」を呟いてみたら「どうでもいいな」と思える心境に少しの間でも到達した事実にびっくりした。どよーんとマイナス思考に陥りそうなとき、ちょっとバージョンアップできた自分を思い出してまた同じ言葉を呟いている。
今回も楽しく勉強させてもらいました(^^♪
ありがとうございました(^^♪
なんだろう、周りや出来事に対して何も期待しなくなったら心が軽くなった事とかかな。色々とあるけどそんな大きな問題じゃないなと思えたり。子供にも何も期待しなくなったら自分から色々してくれるようになり、自分の本音も言ってくれる様になった事かな。それについては私もきちんと考えて答えてあげれる様になった事とか、分からない事はきちんと分からないって言える様になった事とかかな。まとまりなくてすいません。
児童デイで働いています。被虐待児に限らず、愛情が人を人たらしめているんだなと日々痛感します。日頃から愛について子どもたちに話していたので、Dr.の言葉を聞いて、やっぱりそうですよね!と1人嬉しくなりました✨人生は全部人助けで、人を助けることで自分が幸せになると結構本気で思っているので、Dr.の言葉や描いているビジョンにシンパシー感じまくりです!
宿題からはそれてしまうのですが、人のことは自分の子どもであっても変えられないと思っています。本人が変わりたいこうなりたいと思わないと変化はないと思うので、子どもたちにもそう伝えて育てました。
母が私を自分の思うような子どもにすることを望んで育てたことの弊害なのかもしれませんが。
私はリフレーミングのやり方はわかるんですが、ポジティブすぎてもネガティブすぎても良くないので、どのくらいのリフレーミング先が自分にとって良いのか判断つかないことが多いです。
自分にとって良いリフレーミング先が主観2.0であり、客観的事実を受け入れることが、主観2.0へ至るきっかけということで合ってますか?
私が最初に接したカウンセリングの先生が、今思い返すとリフレーミングワードを沢山話してくれました。
例えば、私が社会で一般的に言われる言葉(結婚は?子供は?お母さんは元気?など)に対して傷つくし凹んでクヨクヨしている、と相談すると「まだまだ、アウトローで生きる覚悟が定まってないようねぇ(キラーン)」と言われました。
えっ、アウトロー?!なんかちょっとカッコいいじゃん、と思って、以来、「そうよ、私はアウトローで生きるオンナなのよ」とスカした態度で社会と向き合っています。
世の中と同じじゃなくていい、ってこんなに生きるのを楽にするのかと
リフレーミングは懐かしいです。就労移行で勉強📖しました。でも、益田ドクターの話の方がわかりやすいです。
GW終わる頃に、抱え込んでいた不安が突然大きくなって涙が止まらなくなりました。
転職して前よりは安定した生活になり、意地悪する人もいない、他人から見たら安心できる環境に居るはず、私は幸せであるはずと言い聞かせると余計に辛くなり、なぜ自分で自分のことわからないのだろうとどうにもならなくなりました。リフレーミングは難しいです。すんなり受け入れられないのが抵抗があるからなのでしょうか。
ええ話やった。わしも主観2.0は身につけました。酒を飲むのをやめて8年になります
弱者の自分にはこの動画は分からなかったです
最近、自分は同じ事ばかり言っています
自分が能力低い事が嫌、不安、受け入れられない
弱くても生きていける、それは本当なのか?そんな人生は楽しいのか?
自己肯定感が低いは妬み
なら自分は自分の能力が低い事にものすごく妬んでいる
能力が低い事を受け入れろ
そんな楽しくない一生は嫌だ受け入れたくない
ネガティブで弱い自分はこんな感じで考えてしまいます
弱い人生だと楽しい事が全く無いと思ってしまうのが間違いなんだろうな
弱い自分にはいろいろと難しいです
人の考えが変わる瞬間、大好きで色々な人の悩みを聞いてました。そしていつしか自分が鬱になっていました😅お薬色々飲んでます。1番の薬は旦那の理解です😊最近は、また色んな人の変わる瞬間を感じたくなってきています❤コメント出来て嬉しいです。このチャンネルに出会えて感謝です(*^^*)
まずマッスウの臨床への考え方に感動😊
宿題→自分が鬱と重度のメニエール病になりしばらく悲観していたが、あ、今までの人生とは違う2回目の人生をやるで生き方を変えてしていくんだから一度の人生なのに2回目突入とはラッキー😆💕と思えた時に主観2.0を体感したんだと思います。
私は良くないことだと120%分かってますが、依存症があり苦しくて止められないです。止められないことを誰にも理解されず、毎日〇にたいくらい苦しかったです。この「やめなきゃ」という考えが誤ったもの誰も教えてくれず、最近までずっと苦しんでました。主観
2.0に向けて歩めるように、せめて医療者からはアドバイスが貰いたかったです……。
甘えなのは重々承知してますが、本当にやめれない自分は〇ぬしかないという思考に陥ってました。
数年前、とある夫婦と飲食店で少し話をした。発達障害の傾向がある子どもがいるとのこと。
この子はこれからどんな風に生きていったらいいんだろう?そもそも生きていけるのか?
そのようなことを悩んでいたようだった。
何を話したのか覚えていない。その夫婦の名前を知らないどころか、顔ももう覚えていない。
それなのに、つい最近、その夫婦のことを思い出しました。
できないことだらけで、発達グレーという中途半端な存在の私だけど、
あの夫婦は私の話を「価値あるもの」として聞いてくれた。
私が彼らに救いの話をしたのではなく、彼らが私の話を聞くことで何年も経ったいま、私を救ってくれた。
そのことを急に思い至って、涙が止まりませんでした。これも主観2.0なのでしょうか。
私が変わったのは母乳育児中だった東日本大震災のとき。水道水は安全なのか、母乳でいいのか。子供の命に関わるから…と冷静に真剣に調べて、科学的な評価の仕組みを知ってから。それまで何となく無添加〜とか天然〜とかにこだわって安心してたのが、いやそれ関係ないわ、って変わりました。科学教の信者になったとも言うかな…
絶賛ですね!
変わった!って思った瞬間は初めて、自分なりの価値観が確立しはじめてきたことです。それまでは私は世の中の物事に対して自分の思ってることが良くわからず、感じたり、思ったりすることが一つもなかったからです。
私はこう思うなとかそれはおかしいなと思うことがはっきりしていって、でもそれと同時に自分を知っていくことになり、必然的に弱さや、ネガティブなところに嫌というほど向き合うことになり、強い抵抗や葛藤、毎日悩みや怒りだらけで、苦しいです。
変わりたいのに、変われない、変わった方が絶対幸せになれるのにって思うけれど、長年、否定や不信の世界の中で生きてきた身としてはほんとに変われるのかなって思ってしまいます。でもここでみんなのコメントを読むと自分だけが特別じゃなく、同じように苦しんでる人もいるんだと、気づき、主観2.0です。
めっちゃ分かりますよ。僕は観た益田先生の動画はほぼ科学の知識を伝ったことです。自分の問題は課題として自分で考えて工夫して解くことです。分かりますけども難しいです。
宿題:肯定できるものが増えてきた。
受容できるものが増えてきた。
善悪という判断基準が薄れてきた。
メタ認知は主観2.0とまた違うのでしょうか?私は、益田先生と出会って動画で学ばせてもらううちに、ずいぶん以前よりも考え方が楽になった部分もあり、メタ認知が少し身に付いてきたのかな?と感じています。ありがとうございます。
この場を借りて…抑うつの回復期についての益田先生の動画をご存知の方はいませんが。今回復中でつい元気に張り切っちゃうんですが三日に一度はダウンしてて少し前より波が酷いです😢
リフレーミングって俯瞰して観るとは違うのでしょうか🤔
主治医に物事を俯瞰して観てみて下さいと言われましたが、超ネガティブなので出来ません😥
私は寛解してるとは言われました😅
もう3年入院してません😊
5年が目処と他の患者さんから聞いたのですが、本当ですか?
【宿題】もう亡くなった主人の話。娘が転んでヒザを怪我しました。主人は転んだのはその場所に問題があったのではとか、娘の注意不足や母親の教育不足、そもそもどうしてうちの子が怪我をしなければならないのか(不運)とイライラ。なのに私は「これくらいの怪我でよかったね」と言いました。
日々の私の反応に、「どうしてこんなにボーっとしていられるんだ!」と主人はイライラしていたと推測。ところが1度だけ「なんでもいい方向に考えられるんだね…それは長所だと思うよ」としみじみと言いました。その一瞬は、自分の考え方が自分を苦しめていると感じているように見えました。(よけいなことを話しかければ、主人のご機嫌を損ねますので、確認はしていません。)
その一方で、私は主人のような考えの方が、日々の安全が向上するのではないか、だからそこまで自分の考え方を否定しなくても…それよりイライラして物を破壊するのをやめてくれ~と思っていました。
長くなってすみません。これで答えになっていますか?よくかんちがいするので…
私はまだ主観2.0に至ってないですねー。客観的に物事を見られるようにはなってますが。。。
最近わからない事や自分にできない事をロジカルな思考で客観的に分析できるようになりました、少し自分に都合よくとらえる感じですが、今担当してる相談してる訪問介護の人が多様性的に考える今まで自分にはなかった考えの人なんでそれを参考にしてる感じです、後は益田先生の大人的な見方とか、とにかく長期的な捉え方でロジカルに、筋トレで調子崩すけど才能ないのかなで、まだ判断は早いとか数年レベルで頑張ればいけるかもしれないとか、もっとハードルも落とせるとか、とにかく多用的で細分化できるんで、だいぶ楽です白黒じゃないんで
服薬して ある程度時間が経って ココロの解釈やモノの見方が変わるとき 出来ていること多くなったなとか ダイエットうまくいってるなとか でも出来ないときも過去にもあったしこれからもあるな とか 妙に客観視したとき 期待もせず悲観もせず あるがままのとき 主観2.0だなって思います
先生こんにちは、今回お話しされた形式化された抵抗の流れは、神経症型、neurosisかつpsychosis、精神病型どちらにも通用することでしょうか。もし違いがあるとすれば、抵抗のその流れの違いを知りたいです。あまりこうである、と一言で言えることではないとは思いますが、先生がどう考えていらっしゃるのか、その見解が気になります。とても勉強になりますし、勉学のモチベーションの刺激になります。いつも、ありがとうございます。
益田先生 配信お疲れさまです リフレーミング ものの見方変えて 幸せになる 自分の弱さ 受け入れ 時間かかりました (ADHD持ち 心療内科通院中 家族 障がい者雇用(寺の庭の掃除)福祉のお陰で、平和)
主観亀?主観鳥🐤?かわいい
益田先生配信お疲れさまです リフレーミンク ものの見方変えて 幸せになる 良い言葉 岩井俊憲先生の マンガ アドラー心理学 人間関係 にでてます 参考にどうぞ
こんばんは🌛
今日は用事でリアタイ出来なかったのでこの時間になりました💦
【宿題】
→まだ勉強中で主観2.0に成長も出来てないですし、そういう人を見た事ないです💦
アニメの世界になりますが、鬼滅の刃の主人公である炭治郎が危機的状況に敵の弱点を見抜いたり、覚醒する姿は主観2.0を習得している感じに似ているのかな?と先日の放送をみて思いました。
そして私もそんな風に覚醒出来る日はくるのだろうか?
分からなくとも、今やるべき事を少しづつ解決して行ければなと考えております。٩( 🔥ω🔥 )و
インスタでもみました。